2010年4月15日木曜日

64 天保山:以有諧爲貴山

 山高きがゆえに貴とからずです。では、山低きがゆえに貴し、となるでしょうか。日本一の低山を登頂してきました。そこには、大阪のユーモア(諧謔)がありました。

 「山高きがゆえに貴とからず」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。もともとこの言葉は、平安時代後期に成立した庶民向けの教科書の「実語教」に出てくる言葉で、正式には、
  山高故不貴 以有樹爲貴山
  山高きがゆえに貴とからず 樹有るをもって貴しと為す
という言葉です。その意味を考えてしまうところへ、今回は、案内しましょう。
 春休みに、里帰りを兼ねて大阪と京都、奈良などへの旅行の予定を立てて行きました。ところが、全国的に嵐で、飛行機の飛ぶのも危ぶまれる天候でした。関西空港に到着した初日と翌日はかろうじて、晴れていましたが、それ以降3日間ずっと肌寒い雨で、帰る日にやっと回復しました。京都や奈良の神社や寺などを見る予定をしていたのですが、観光地は、外を歩くことが多いいため、寒い雨に日に出かける気になりませんでした。しかし、2日間はなんとか京都にでましたが、屋内ですむところを回りました。
 さて、1日目は大阪に宿泊したのですが、その目的の一つは、家族は、海遊館と大阪城を見ることでした。私は、日本で一番低い山を見ることを楽しみにしていました。まあ、話のタネにというつもりでしたが。
 それは、天保山(てんぽうざん)という山です。海遊館のすぐ脇に天保山があります。天保山公園があり、公園を入ってすぐに山が見えました。次男は、それが日本一低い山だと思って、一番乗りをするために駆け上りました。私は、どうもおかしい、こんなはずはないと思いました。あまりに中途半端な山だからです。山らしく見え、どこにでもありそうな山に思えたからです。
 天保山公園の中で周りを見渡すと、「日本一低い山、天保山山頂はこらら」という矢印付の案内看板を見つけました。そして、そこには、「標高は4.5m びっくり」という吹き出しが書かれています。その矢印に従って、くねくねと道を進んでいくと、「二等三角点」と「天保山頂」という看板がなければ見過ごしてしまいそうなところに、天保山がありました。
 石畳の中に、花崗岩に「+」マークのついた三角点の石が埋められていました。これは、二等三角点でですが、地面と同じ高しかありません。いや、少しくぼんでいるようにも見ます。この三角点マークが天保山山頂となります。標高4.53mとは、この当たり一帯の平地の高さでもあります。これを山と呼んでいいかどうか迷うほどの標高しかありません。
 しかし、天保山には天保山山岳会があり、頼めば、登山証明書を発行してくれます。登山証明書の発行は有料で10円だそうです。今時、格安料金ですね。でも、私は、証明書は遠慮しました。天保山は、登頂したかどうかも怪しい限りですが、山岳会といい、登頂証明書といい、どことなく大阪人のユーモアが漂っているように感じました。
 まあ、山高故不貴 以有樹爲貴山(山高きがゆえに貴とからず 樹有るをもって貴しと為す)ということなら、天保山はそれにあたりません。しからば、天保山の由来はいかなるものでしょうか。
 天保山の前を流れる安治川は、淀川から枝別れした大川(おおかわ)につながる運河です。大阪は、海運で栄えた町ですから、街中を船で貨物を運ぶために、掘削された人工の川がたくさんあり、安治川のその一つでした。
 淀川から流れ込む土砂で、運河の川底が浅くなるたびに、浚渫されていたようです。洪水防止と大坂への大型船の入港のために、1831(天保2)年から2年の年月をかけて大規模な「天保の大川浚」が行われました。そのときに浚渫した土砂を積み上げてできた築山が天保山の発祥だそうです。できた当時は、十間(20mほど)もある築山になっていたようです。その築山は、安治川への目印となっていたため「目印山」と呼ばれていたようですが、築山ができた時代から、天保山と呼ばれるようになったそうです。
 幕末に、ロシアの艦隊が大阪沖に現れたため、砲台を天保山に作って守りとしました。そのとき、天保山の山頂が削り取られて少し低くなってしまいました。第二次大戦後、地下水のくみ上げで地盤沈下が起こり、1971(昭和46)年に7.1m、1977(昭和52)年には4.7mまで低くなり、現在に至っています。1993(平成5)年には、国土地理院の地形図から山名が抹消されたが、地元からの要望によって1996(平成8)年7に再掲載されています。
 山で最高峰というのは、標高の高さを測定すれば一義的に決まります。なぜなら、高いところは、今のところは、人工的にもそんな高いものはつくることもできませんので、最高峰は自ずから自然の高まりとなり、山という定義に合致します。
 ところが、低さを誇ることと、山の定義は矛盾することがあります。まず、山とは、周辺より高いところがのはずです。となれば、天保山は「山」はついても、山ではなくなります。
 また、同じ大阪の堺市堺区に蘇鉄山(そてつやま)というものがあります。ここには一等三角点があり、その中では一番低いところとなります。しかし、蘇鉄山も築山で人工的で、周り高いわけではありません。周りには木が茂っていますが、山頂自体には木がありません。以有樹爲貴山にも当たりませんでした。ただし、蘇鉄山にも、山岳会もあり、登頂証明書の発行もしてくれます。天保山も蘇鉄山も、どうも貴さを求めているわけではなさそうです。
 自然の山としては、徳島県徳島市にある弁天山が、一番低いとされています。三角点などの測量のための重要性は持っていませんが、国土地理院発行の地形図に掲載されている山としては、日本一低い山になります。その標高は6.1mです。弁天山は、山と呼ばれるべく容姿をもっています。古くより弁天様を祭った小さな社があり、小さいですが山らしく見えます。そしてなにより、木が茂っています。この山こそ、山高故不貴 以有樹爲貴山にあたるのでしょう。
 さてさて、山低きゆえにも貴からず、でしょう。今は平なところを山と称して、天保山と蘇鉄山で日本一の座を競っているのですが、いずれも、もともとは運河の浚渫によって出てきた土砂を積み上げた築山同士です。それは、もしかすると、大阪特有のユーモアなのかもしれません。そのユーモア(諧謔)にこそ、貴さがあるのかもしれません。山低故不貴 以有諧爲貴山でしょうか。
 子供たちも、「日本一」という名称に期待して訪れたようですが、拍子抜けしたようです。二等三角点の石と看板だけしかそこにはないのですから。子供たちには少々難しいユーモアだったかもしれません。まあ、彼らの本命は海遊館でしたから、いいとしましょう。

・ユーモア・
低山は、地図にこそ表示されていますが。
地形で見ても見えるのモノではありません。
まして、現在は平地ですから、
5mメッシュを使って見栄えがしません。
また、10mメッシュの地形解析でもまったく表現されません。
地形のエッセイとして取り上げるのが
いいことなのかどうか迷うところです。
まあ、このエッセイもユーモアとしてみてください。

・継続・
愛媛県に4月から1年間滞在します。
こちらにきてから2週間になります。
インターネットも繋がったのですが、
いろいろと不自由があります。
なんといっても、通信速度です。
大型の画像を転送するのは諦めました。
他の私が運営しているホームページも
1年間更新を停めました。
ただし、小型の画像で構成したものを
新たにはじめました。
このメールマガジンは、
ホームページの画像と連携しているので、
大型画像を送れないのは、非常に残念ですが、
何人かの読者方から、継続の希望をいただいているので、
継続することにしました。
幸い、大学の自前のサイトにも、
アクセスできるようになりました。
小型の画像であれば、そこに送ることができます。
ホームページ自体は小さな画像で作成しておき、
リンクはつけておきますが、
表示されないと思います。
大型の画像は、札幌に時々帰りますので、
そのとき、機会があったら、更新しておきます。
ですから、大型画像は、見られませんが、
このメールマガジンとサイトは継続していきます。
1年間、改めてによろしくお願いします。