2011年1月15日土曜日

73 興津:先入観を壊した断層

今年最初のエッセイは、地質学の常識を覆した断層の話です。人里はなれた険しい断崖に囲まれた海岸にある露頭から見つかりました。その断層は古いものですが、「断層の化石」とよばれている岩石が見つかりました。その岩石が、シュードタキライトと呼ばれています。

今年最初のエッセイは、高知県高岡郡四万十町小鶴津です。小鶴津を「こづるつ」と読める人はあまりいないと思います。また、行ったことのある人も少ないでしょう。小鶴津はかつての窪川町ですが、今では四万十町になっています。しかし、地質学では、付加体のメランジュ(下の注を参照)のあるところで有名なので、学会で巡検でいっている人も結構いるはずです。
小鶴津へは、志和(しわ)から細い道を入っていくのですが、地図を見ると、細い道が書いてありますが、カーナビでは道は出てきません。地図の道は、もっと先まで行ってますが、行き止まりの道になっています。まあ、地図に地名があり、道が書いてあるで、行ってみることにしました。人が住んでいるかどうかもわかりません。
志和で「車でいけますか」と聞いたのですが、「昔行ったことがあるので、多分行けるんじゃないと」という不確かで不安を誘う答えでした。「人は住んでいるのですか」と聞くと、「住んでいる」とのことです。車で行けるかどうか少々不安でしたが、行けるところまで行ってみようと思い、車を進めました。
志和の町を外れるとすぐに山道に入り、やがて海沿いの道になります。そこに通行注意やがけ崩れ注意の看板があります。でも、車は進めそうです。道路を進むと、車が一台ぎりぎり通れるような、道が続いています。そして小鶴津へはいけそうです。どうも人がやはり住んでいて、生活道になっているようです。
ただし一方は崖が迫まり、一方は海に落ち込んでいます。危なければすぐに引き返すつもりで進みました。Uターンできるようなところがありません。退避場所もほとんどありません。狭い危険な道を長くバックできるような技術は、私にはありません。不安におののきながら進みましたが、もう戻れません。
対向車が来たら、お手上げです。しばらく行っても、もうこうなったら通り抜けるしかありません。覚悟を決めて進みました。長く感じながらもやっと、小鶴津の集落に着きました。そこには、数軒の人家があり、やはりこの道は生活道になっているようです。
集落に入っても狭い道ですが、車を停めておけるスペースはありました。車を止めて、海岸に出て露頭を見に来ました。そんな苦労の末みた露頭はひとしおの感激がありました。ところが、苦労してきたところでは、釣り人が二人のんびりと釣りをしていました。多分同じ道を通ってきたのでしょう。釣り人は本当にいろいろなところへいきます。地質学者が苦労してたどり着いたところでも、釣り人がいたりします。そっちの方も驚かされます。閑話休題。
さてそもそも、小鶴津に来たのは、興津メランジュをみるためです。興津と書いて「おきつ」と読みます。小鶴津からもう少し奥の大鶴津(おおつるつ)までの海岸沿いで興津メランジュが見れます。アプローチがすごく大変ですが。
前回紹介した横浪(よこなみ)メランジュも、四万十帯の中にできた付加体を特徴付けるものでした。今回の興津メランジュも、四万十帯の付加体の中にあります。位置は、横浪メランジュがより北東側(陸側というほうがいいでしょう)にあるのに対し、興津メランジュは南西側(海側)になります。その間の位置に、久礼(くれ)メランジュもあります
沈み込み帯では、海から陸に向かっての付加作用が起こります。日本列島は、過去も同じような環境にあったことが分かっています。日本列島の西側(地質学では西南日本と呼びます)の太平洋側(中央構造線より海側を外帯といいます)では、海側ほど新しい時代の付加体を見ることになります。現在もプレートの沈み込みが続いている四国沖では、付加体が形成されています。
現在の付加体の形成場は、海域や地下なので、直接観察することは困難です。ただし、四万十帯は地表に露出した過去の付加体なので、手軽に歩いて観察して、調査することができます。四万十帯は、今まで付加体の解明には重要な役割を果たしてきました。今もまだ重要性はあり、新しい発見が続いています。
横浪メランジュは、北側(陸側)を新荘川層群(白亜紀前期に付加)の須崎層、南側を大正層群(白亜紀後期に付加)の下津井層に挟まれた地域で、久礼メランジュは、大正層群の下津井層と野々川層の間にあります。興津メランジュは、大正層群内の野々川層と中村層の間にあります。白亜紀末にそれぞれのメランジュが形成されますが、形成年代は海側ほど新しくなっています。
メランジュですから、中身にはいろいろな時代のいろいろな種類の岩石が混じっています。ただ、興津メランジュは、チャートが少なく玄武岩が多いという特徴があり、四万十帯の他のメランジュとは違っています。
実は、興津メランジェの特徴は、メランジュを構成する異質岩塊の違いだけでなく、なんといってもシュードタキライトが見つかったことです。シュードタキライトとは、英語のpseudotachylite(pseudotachylyteとも書くことがあります)を、そのまま読んだものです。pseudoとは「偽」という意味で、tachyliteという岩石があり、それに「似ているが違うもの」という意味です。
タキライト(tachylite)とは、火山岩の一種で、玄武岩溶岩が急激に固まってできたものです。結晶があまりできず、ガラス質の溶岩をタキライトといいます。タキライトは火山活動によるマグマに由来したものです。
ところが、シュードタキライトは、玄武岩質のガラスはあるのですが、その起源が火山活動ではないということです。断層帯で見つかる玄武岩質ガラスが、シュードタキライトと呼ばれました。マグマなどの熱源がないところで、岩石が溶けるようなことが起こっているわけです。まあ「火ないところで煙」のようなものですが、実は断層運動がその熱源だということが1970年代ころにわかってきました。
断層が急激に動くと、岩石間に起こる摩擦によって高温になり、溶けることがあります。しかし、断層の動きがおさまると、すぐに冷却してしまいます。そのような成因の岩石をシュードタキライトと呼ぶようになりました。シュードタキライトは日本でも各地で見つかってきました。
断層は、地震を引き起こします。あるいは、地震が起こるということは、岩石が割れる(断層形成)ことです。その断層運動がシュードタキライトとして残されるので、「地震の化石」とも呼ばれています。
シュードタキライトは、どこでもできるわけではありません。ある条件を満たさなければなりません。岩石が断層の摩擦で溶けるには、摩擦力が強く働く環境で、なおかつ高速でのズレが起こる必要があります。
地下深部は圧力と共に温度も高くなります。深度が浅いところでの断層では、岩石は角礫状(断層角礫と呼ばれます)になります。また深くなると、温度が上がり、岩石は柔らかく(強度の低下)なり、流動的な変形が起こり、マイロナイトという岩石(断層岩と呼ばれることがあります)ができます。
断層角礫とマイロナイトの条件の間(深度でいえば5~15kmくらい)でシュードタキライトが形成されます。さらに、日本列島のように逆断層のできる条件(水平圧縮場)のほうが、シュードタキライトが形成されやすくなります。そこは、内陸直下型の地震の起こる場でもあります。
沈み込み帯で地震はたくさん起こりますが、水の多いところでもあります。付加体内部では、堆積岩が潤滑材となる水を沢山含んでいるので、断層も滑りやすいので、岩石が溶けるような高温にはならないはずです。ですから、プレートの沈み込み帯のようなところでは、シュードタキライトはできないと考えられていました。
ところが、興津メランジェ内の断層(興津断層と命名されています)でシュードタキライトが2003年に見つかりました。これは、今までの常識をくつがえすものでした。今まで先入観で付加体にはシュードタキライトはないと思われていたのですが、深部で地震によって断層が形成されれば、付加体の中でも、シュードタキライトができるような条件が満たされることがあることになった訳です。現在進行中の付加体の中でも、シュードタキライトが形成されている可能性が示されたことになります。今後は付加体内で大きな断層を見るときは、シュードタキライトがないかという、新しい視点でも見る必要があります。
小鶴津に行ったのは別の日に、再度興津メランジュのシュードタキライトを見にいきました。シュードタキライトをみるためには、先程の狭く険しい道の入り口から、古い踏み跡と、非常に急激な崖を草木を手がかりに降りていきます。もちろん帰りは、そこを登らなければななりません。運動不足や体力のない人は帰ってこれないようなところです。
興津メランジュやシュードタキライトは、地質学の世界では、結構有名なところでもあります。そうそう行けるところではないのですが、興津メランジュは昨年、国の天然記念物に申請されています大変な思いをしてみた興津メランジュやシュードタキライトは、印象深いものでした。そしてなにより、常識にとらわれることなく自然を見ることは大切であることを、このシュードタキライトは、私たちに教えてくれました。

(注)メランジュとは(前回のエッセイの再録)
ぐしゃぐしゃに破砕された基質(細粒の部分)の中に、いろいろな種類、起源の礫や岩塊(大きなサイズのブロック)を含む構造をもつ地質体で、地質図上で表現できる大きさのものをいいます。含まれている岩塊は、堆積岩や変成岩、火成岩などさまざまなものがあり、その起源は問いません。

興津メランジュの範囲の地形図。赤点がシュードタキライトの見つかったところ。


上との同じ範囲を地質で示した。
地形解析の地下開度図。

地形解析の地下開度図。

地形解析の傾斜量図。

興津メランジュを南西側の小鶴津の海岸から眺めた景観

興津メランジュを南西側の小鶴津の海岸から眺めた景観。

興津メランジュの興津断層の遠景。赤線が断層の通るところ。

興津断層全景。赤っぽいところが、玄武岩の異質岩塊。

赤っぽいところが玄武岩で、白っぽところが断層破砕帯。赤っぽところの中にシュードタキライトが形成されている。

左半分が赤っぽい玄武岩の異質岩塊。枕状溶岩の産状がみえる。玄武岩の中で、赤っぽところが地震断層でできた炭酸塩鉱物アンケライト(ankerite)で黒っぽいところがシュードタキライトの濃集部。

興津断層の破砕の激しいろころ。

玄武岩と断層破砕を上から眺めたところ


・運動不足・
2度の興津メランジュは、いじれもひとりで行きました。
2度目のシュードタキライトへは
別のところを見たあとだったので、
だいぶ疲れていたました。
最後の崖の上りは
非常に疲れ、へとへとになりました。
運動不足を痛感しました。
毎日プールで泳いでいるのですが、
それでは足りないようでした。
いやもしかしたら、年齢のせいかもしれませんが。

・時間との勝負・
2005年1月にスタートしたこのエッセイも、
今年で7年目に入ります。
エッセイも73回目ですから、
日本各地を紹介してきました。
このエッセイは、
私がいったところをネタにしています。
ホームページの地図を
見ていただけるとわかりますが、
紹介した地域にはムラがあります。
中国地方や関東、東北なども書いていません。
それは、最近いってないためです。
まだエッセイにしていないところを
順番に出かけようと思っているのですが、
なかなか思うように出かけられません。
まあ、ライフワークとして巡りたいと考えています。
そして、できればエッセイも続けれればと思っています。
あとは、体力の様子をみながらですね。
それと、私に残された時間との勝負も必要ですね。