2013年1月15日火曜日

97 笹川流れ:太古の花崗岩の不明瞭さ

 新潟県の北部で地形は、平野から山地へと変わります。山地が海までせり出しています。その一番の競り合うのが、「笹川流れ」とよばれているところです。山が海にぶつかっているので、海の流れも激しく、陸も険しいとこで、交通の難所ともなっています。そしてそこは、大地の構造線の錯綜するところでもありました。

 新潟県北部、越後平野がいったん途切れ、三面(みおもて)川の河口付近に広がる小さな平野に村上市があります。村上市は村上藩の城下町として栄え、その面影が町には残されています。
 村上から北への庄内平野の鶴岡市や酒田市へ向かう道は、どのルートも険しいものとなります。海岸線は、難所をたどる険しいものですが、JR羽越本線と国道345号線が通るルートです。海岸沿い道の他にもう一つ、山側の道があります。三面川を遡ろうとすると朝日山地が立ちはだかるので、支流で北へ向かう道は、高根川から、更に支流の大須戸川へと北上して遡る道ですが、やがては、勝木で日本海側に出て、海岸沿いを進む道があります。これが国道7号線が通るコースです。しかし、勝木はまだ道半ばで、険しい海岸を辿るルートになります。海路も使えるはずですが、冬の荒れた気候ではなかなか大変な航路となったと想像されます。
 昨年秋、この海岸沿いの道を通りました。国道345号線です。険しいところでは、トンネルが続いてあります。しかし、幸い道はすいていたので、景色を見ながら、のんびりと進むことができました。
 国道345号線が国道7号線に合流するところまで、3分2ほど進んだあたりを「笹川流れ」と呼ばれています。笹川流れは、国の名勝および天然記念物に指定されている(「笹川流」と表記されています)ところでもあります。
 天然記念物に指定されたときの解説文によると「黒雲母花崗岩ヨリ成ル葡萄山脈ノ西翼ヲ成セル」とあります。
 葡萄山脈という地名は、いまではあまり使われていないようですが、国道9号線と日本海の間の険しい山地のことで、その中の北に位置する蒲萄山(795.4m)からとった名前です。蒲萄山と新保岳(852.2m)の間に笹川という川があります。笹川が海の注ぐところに笹川の集落があります。ここから勝木までを笹川流れといいます。
 葡萄山地をつくる花崗岩が、そのまま海に突き出しているところが、笹川流れになります。花崗岩は風化されやすく、風化されると真砂(まさ)とよばれる、白っぽい砂になります。このあたりの海岸は白砂の綺麗な浜となっています。ただし、海岸線が険しいため、狭い海岸が多いのですが。
 海の激しい波によって海岸の花崗岩は侵食され、岩礁や洞窟なども奇岩多数あり、入り組んだ海岸となっています。そこを潮が激しく打ちよせることで、激しい流れのようになり、「笹川流れ」と呼ばれているそうです。
 観光地にもなっています。奇岩名勝をめぐる遊覧船があるので、乗りたかったのですが、朝早くたどり着いたので、2時間近くも待つのはできなので、諦めて、次への目的地へと向かいました。
 では、葡萄山地を構成している花崗岩は、葡萄山地だけでなく、周辺地域に広くみられます。その本体ともいうべき花崗岩類は、朝日山地を中心に広く分布します。
 花崗岩には、古い時代(白亜紀後期~中期)の活動した片麻状に圧砕された花崗岩(マイロナイト、myloniteとよばれています)と、新しい時代(白亜紀後期)の花崗岩があることがわかっています。片麻状の花崗岩は、朝日山地の中央部から北西の村上市山北(さんぽく)地区まで広がり、特徴があるため「日本国片麻岩」と呼ばれています。
 また花崗岩の分布地域には、ジュラ紀に形成された付加体だとされている岩石類もあります。付加体とは、海洋プレートが列島に沈み込む時、上に溜まっていた頁岩、砂岩、チャートが列島にはぎ取られて付加したものです。このような中生代の付加体を含むものが朝日山地にはあります。
 ここまでは、今見えている地質なのですが、事実なのですが。それぞれの岩石や地質やその所属や解釈は、研究者によって一致していません。
 なぜ論争をしているのかというと、「棚倉(たなくら)構造線」という非常に重要な地質境界の北方延長が通っているところだからです。そもそも棚倉構造線は、阿武隈地域で、東北日本(阿武隈帯)と西南日本(足尾帯)を区分する重要な構造線であると考えられ、定められました。棚倉構造線は、阿武隈地域では明瞭なのですが、北への延長が朝日山地付近を通っているはずなのですが、その連続が定かではありません。
 朝日山地付近の花崗岩類を中心とした地帯を「朝日帯」といい、朝日帯の西側の付加体を含む部分を「足尾帯」といいますが、付加体が複雑に分布しているので、その境界をどこにするかが問題になります。
 その考え方により、構造線も、「日本国-三面構造線」と「棚倉構造線」に区分したり、「三面-棚倉構造線」の連続させ一連と考えるものもあります。
 三面構造線あるいは棚倉構造線は、西南日本と東北日本を区分するものといいました。ところが、前回のエッセイで、フォッサマグナも西南日本と東北日本を区分するとを説明しました。フォッサマグナとは、西を糸魚川‐静岡構造線、東を新発田-小出構造線という大規模な断層によって、古い時代の岩石(基盤岩類)が、巨大な溝のような落ち込みができました。その溝に新しい時代の堆積物や火山岩類がたまったものです。フォッサマグナは日本列島の現在の地質構造の大きな区分となっています。
 ところが基盤岩類でみていくと、フォッサマグナの東側にも、西南日本と似た岩石があり、帯状に分布しているのがみられます。フォッサマグナは新しい時代の構造的な境界ではあるのですが、古時代の岩石に対して、大きな地質学的な境界となっていないことになります。
 古い時代の日本列島の地質は、棚倉構造線で切れています。つまり、棚倉構造線が、基盤岩類の境界となっているのです。そのもう一つの日本の境界の北方延長が、笹川流れのあたりを通っているのは確かです。
 葡萄山脈の花崗岩は、新しい時代の花崗岩にあたり、位置的には付加体を中心とする足尾帯の西側にあることになります。本来の地質区分でいえば、西南日本に属することになるかもしれません。しかし、その境界はまだ不明瞭なままであります。
 笹川流れの周辺の花崗岩は、古い時代の地質境界の外に押しやられるかのように、海にせり出しています。そのような太古と花崗岩と海の境界が笹川流れですが、その背景には不明瞭な太古の境界が隠されていたのです。
 幕末の志士で詩人でもあった頼三樹三郎(頼山陽の子)は、笹川流れを
  松島はこの美麗ありて此の奇抜なし
  男鹿もこの奇抜ありて此の美麗なし
と、讃えています。三樹三郎がいうように、笹川流れには、奇抜さ、そして美麗さがあります。そして、太古の不明瞭さも流れの中にあるのかもしれません。

・説の評価・
地質の地帯区分は、大地の区分を意味します。
明瞭な線が大地に刻まれていれば簡単なのですが、
明瞭さに欠けていると、
単に線を引くだけではすみません。
詳細な野外調査に基づいて、線の根拠を探り、
その結果が一本の線になるのです。
そこには、人ぞれぞれの思惑が絡んできます。
いくつもの説がでてきたとき、
議論の強弱ではなく、
論理の確かさ、証拠との整合性が
評価の基準になるはずです。
それでも、なかなか決着を見ないのですが。

・大学の役割・
昨日の連休には、多くの地域で成人式がありました。
来週には、大学のセンター試験があります。
各地の私立中学校の入試ももう終わったでしょうか。
1月末には、大学の期末テストがあります。
2月には大学の一般入試がスタートし
来年春に向けての活動が本格化します。
企業説明会も2月から本格化しますが
これは3年生の次の年の春へ向けの活動です。
以前から問題になっていますが、
就活だけが、異常な速さでスタートします。
世間の動きがそうなのだから仕方がないのでしょうが、
4年制の大学が実質3年のようになってきています。
専門学校では専門だけを教えますが、
大学では教養や語学も教えます。
教養人養成としての役割を果たしているはずなのですが、
今では基礎力養成機関という位置づけが大きくなりつつあります。
大学の必要性や社会的役割を見直す動きもうなづけます。