2013年2月15日金曜日

98 温海ドレライト:板状節理と見方の変遷

 温海(あつみ)は地質学では、特徴のあるドレライトが産することで、有名です。温海ドレライトと呼ばれ、多くの地質学者が知っているところです。ただし、遠方の地質学者はそれほど訪れていないのが現状ではないでしょうか。そんな温海ドレライトに見方が変遷しています。

 山形県と新潟県の海岸沿いの境界は、鼠ヶ関(ねずがせき)です。鼠ヶ関は、東北と越後の境界ともなります。ここには古くから関所があり、大和民族が蝦夷に進出するときの拠点にもなっていました。鼠ヶ関は、白河関と勿来関とともに奥羽三関とされ、源義経が平泉に逃げる時に通った道だとされています。地元の資料では、歌舞伎の勧進帳の舞台となったともいわれていますが、他の資料では、加賀国の安宅の関(石川県小松市)での物語となっていますが・・・。
 山形と新潟の県境は葡萄山脈の花崗岩があり、険しい海岸沿いになります。山形県の新潟県よりの海岸沿いに、温海という町があります。温海と書いて「あつみ」と読みます。もともと山形県西田川郡温海町だったのですが、2005年の市町村合併によって、鶴岡市に併合されました。
 温海は、地質学では有名なところです。温海ドレライトと呼ばれる岩石が分布しているところだからです。英語のdoleriteの読みをそのまま用いたものです。ドレライトは、玄武岩マグマが、地下の比較的浅いところに貫入して、ゆっくり冷えてできた岩石です。
 温海地域には、ドレライトが、南北25km、東西1から4kmの範囲にわたり、シート状(岩床と呼びます)に、長く露出しています。シートの厚さは、場所によって変化していて、10mから300m以上になるところもあります。
 温海ドレライトが有名になったのでは、「マグマの化学的性質」と「取り込んでいるもの」の特徴、「節理の見事さ」でした。
 「マグマの化学的性質」とは、マグマが「アルカリ岩」と呼ばれるものである点でした。
 火山をつくるマグマには、大きく分けて、アルカリ、ソレアイト、カルクアルカリという3つの系列があります。アルカリ系列とは、アルカリ(ナトリウムとカリウム)を多く含み、カルクアルカリ系列はカルシウム(CaO)を多く含み、ソレアイト系列は鉄を多く含むマグマです。厳密にはいくつかの定義があるのですが、マグマの起源や組成、マグマの固化(固結といいます)過程の違いによって、系列が分けられています。日本列島の多くの火山は、ソレアイトとカルクアルカリのタイプが多いのですが、日本海側には、量は少ないのですが、アルカリ岩が分布しています。
 温海ドレライトは、その珍しいアルカリ岩でした。アルカリ岩のマグマの活動時期は、日本海が拡大した時期(中新世、1500万年前ころ)に活動したものです。その点で地質学的にも、興味深いマグマとなります。
 「取り込んでいるもの」とは、捕獲岩のことです。マグマが上昇してくる時、途中にあった地下の岩石を取り込んでくることがあります。温海ドレライトには、斑レイ岩を捕獲岩として取り込まれています。かつては、斑レイ岩は下部地殻を形成していると考えられていたました。
 1964年に久城育夫さんは、温海ドレライトが捕獲している斑レイ岩石が下部地殻を構成していたものであることを、詳細な岩石の検討で明らかにしたので、有名になっていました。
 「節理の見事さ」の節理とは、マグマが冷え固まった時、体積が少し小さくなります。そのとき角柱(多くは、5から6角)になることが多いのですが、温海ドレライトでは、層状の節理が見事に発達しています。このような節理を板状節理といいます。非常に綺麗な幾何学的な模様で、不思議な節理でもあります。ただ節理を横からの断面をみると、角柱状になっているのですが。
 以上のようなことから、温海ドレライトは、地質学者の間では有名になっていました。
 私も、名称だけはよく知っていましたが、昨年の秋にやっと訪れました。道の駅「あつみ」の海岸やいくつかのところで、岩石の様子をみることができました。少々風化はしていますが、見事な板状節理もあります。
 近年は、少々温海ドレライトに関する見方が変化してきているようです。岩手大学の土谷信高や室蘭工業大学の後藤芳彦さんたちは、新しい見方を示しています。その根拠は、新しい観察や記載に基づいたものです。
 まず、一番重要な観察は、温海ドレライトに下部地殻が捕獲されているのではなく、デイサイト~安山岩(以下デイサイトと呼びます)にのみ捕獲岩が含まれていると報告しています。デイサイトは、アルカリ系列ではなく、カルクアルカリ系列になります。久城さんの報告とは違っています。
 次に、デイサイトには、ドレライトが取り込まれていて不規則な形になっています。すでに固まっているドレライトに貫入していることも、わかってきました。これは、久城さんの考えでは説明できない、不思議なデイサイトの産状となります。
 3番目に、デイサイトにはカンラン石(いまでは変質して残っていない)があり、そのカンラン石には、クロムスピネルとよばれる鉱物が含まれています。さらに、取り込まれたドレライトにも、クロムスピネルが含まれてます。両者のクロムスピネルは、化学的には違うものだとわかりました。クロムスピネルは由来の違うもののようです。
 このような観察や記載から、久城さんのモデルは、変更を余儀なくされました。土谷さんたちのモデルは、少々複雑になりますが、紹介しましょう。
 アルカリ系列のドレライトのマグマは、マントルで形成され、上昇してきます。その途中の中部地殻にマグマだまりができました。マグマだまりから、マグマが上昇し、堆積物のなかにシート状に貫入していきます。一部は海底に噴出します。
 地殻下部にドレライトがあった時、その熱によって、下部地殻の岩石が溶けて、カルクアルカリ系列のデイサイトのマグマが形成されます。ドレライトとデイサイトのマグマが一部混じります。これをマグマ・ミキシングといい、このとき、スピネルをもつカンラン石を含んだ不思議な形のドレライトが取り込まれます。デイサイトのマグマが上昇してきて、周りにあった下部地殻の岩石を捕獲します。これが捕獲岩の起源となります。上昇したデイサイトマグマは、ドレライトのマグマだまりを貫きます。さらにデイサイトマグマは、地表付近のドレライトのシートや堆積物を貫入していきます。
 少々複雑なモデルですが、現状の証拠からこのようなシナリオがつくられました。本来であれば、もっと研究を進めて欲しいのですが、土谷さんたちの研究は、興味は別の方に向かっているようです。
 温海のドレライトは、海岸沿いの岩礁として点々と分布し、みることができます。ドレライトの板状節理が目を引くので、その存在はすぐにわかります。ドレライト自体は、観光化されていません。しかし、私は、あちこちにひっそりと佇む節理に、感動を覚えます。そして、節理の背景にあるものの見方の変遷をみることができました。

・先輩後輩・
土谷さんは大学、大学院の先輩で
後藤さんは後輩にあたります。
当時は、よく一緒に飲んだものです。
しかし、私は地質学のプロパーを離れたので、
なかなか会う機会がなくなりました。
二人とも地質学プロパーの道を歩まれていますが
研究の興味は別のところにあるようです。
ところが、なぜか2002、2003年ころ、
温海ドレライトの研究を協同でされています。
きっかけは知りませんが、
できれば、研究を完成させて欲しいものでした。
今回参考にしたのは、学会講演の抄録で
「Goto and Tsuchiya」で論文の発表準備中だそうでしたが、
探したのですが、論文は発表されていないようです。
少々心残りですが、仕方がありません。
別の優先すべきテーマがあるのでしょうね。

・春近し・
北海道は寒さのピークが過ぎたのでしょうか、
寒さも、ここしばらくゆるんでいます。
朝夕は冷え込みますが、
昼間はかなり温度が上がるようになりました。
天気のいい日には、
道路の雪も溶けるようになって来ました。
まだ少し雪の季節は続きますが、
春が少し近づいていきた気がします。