2017年10月14日土曜日

154 楯ヶ崎:貫入岩に立つ

 三重の海岸には、素晴らしい景観をもつ地があります。しかし、あまり人が訪れません。アプローチが少々遠いのですが、その道中も自然が豊かで楽しめます。なにより景観をつくる岩が素晴らしいです。

 国道から海岸へ向かう遊歩道です。道は整備されてはっきりとしているのですが、道中は長いです。天気が悪そうなので、傘を携えての単独行です。国道311号の駐車場に車を止めて、目的地に向かいます。遊歩道に入ろうとすると、今年、クマの目撃情報があり注意を促す張り紙がありました。天気がすっきしないので、少々暗くて、クマができてそうな雰囲気です。私は、北海道に住んでいるせいでしょうか、クマの恐怖より、こんなところにクマがいることに驚きました。
 目的地まで遊歩道を、1.9km歩くことになります。山道ですので40、50分はかかりそうです。照葉樹林の中の自然に満ちた遊歩道を進みました。駐車場には車が1台停まっていたのですが、同じ地を目指しているのでしょうか。観光地になっているのですが、歩く人影はまったくありません。一人で自然の中を歩くのは私の好むとことです。
 静かな森の中をしばらく歩いていると、ガサゴソと草むらを移動する音がします。クマかと思って、立ち止まると音も止まりました。しばらくじっとしていると、またガサゴソと音がし、突然遊歩道を数頭のシカが横切りました。横切ったシカも私に気づいたようで、斜面を少し登って離れた草むらから、こちらの様子をジッと伺っています。私がカメラを向けても逃げませんでした。
 遊歩道を進みました。途中で戻ってくる老夫婦に会いました。奥さんから、シカを見ませんでしたか、と聞かれました。見た、と伝えると少々残念がっていました。自分たちだけが見たのを、確かめたかったのでしょうか。ここのシカは人馴れしているのかもしれません。
 自然豊かな遊歩道で行く先は、三重県熊野市甫母(ほぼ)町にある楯ヶ崎(たてがさき)です。あまり目立たないところなのですが、ここの景観は一見の価値があります。楯ヶ崎は、名前の通り盾のように切り立った柱状節理が見事なところです。吉野熊野国立公園の一部で、県指定の名勝および天然記念物にもなっています。
 楯ヶ崎は、高さ約80m、周囲約550mの崖で、この崖が柱状節理からできています。節理の太さが1~2mほどもあり、巨大な柱が林立しています。岩は花崗岩の仲間からできています。長石や石英などの斑晶状の組織があるので、花崗斑岩と呼ばれます。
 この花崗斑岩は、約1500~1400万年前(中期中新世)に活動した熊野酸性岩類になります。熊野灘には、あちこちに熊野酸性岩類の痕跡があります。楯ヶ崎の花崗斑岩は、熊野酸性岩類の本体にあたります。熊野酸性岩類の大きな岩体は、新宮から尾鷲(おわせ)にかけての海岸沿いに広く分布しています。岩体の分布は、七里御浜あたりでいったん細くクビレています。細いところには、噴出した火山岩の流紋岩と火砕流としてたまった凝灰岩が分布しています。このクビレを境に、花崗岩体は北と南に分けられます。楯ヶ崎は北岩体にあたります。
 研究によりますと、両岩体にほとんど岩石の性質に違いはないようです。マグマだまりが固まったものではなく、巨大な貫入岩体として、シート状に貫入したと考えられています。一部は流紋岩質マグマとして噴出しています。ですから火山ー深成複合岩体となり、その深部相がでてきたと考えられています。
 楯ヶ崎は、柱状節理が見事ですが、その景観を見る場所として展望所のようなところがあります。最初その展望台かと思いました。道沿いにベンチがあり、海側で楯ヶ崎を見えるとように木が伐採されています。しかし、木々が邪魔をして、全貌をみるのに苦労をします。なんとか撮影したのですが少々興ざめしていました。
 しばらく進むと広い平坦面がありました。そこは、英虞崎(あござき)の千畳敷と呼ばれています。広い花崗斑岩の柱状節理の断面が広がって平坦面になっています。少々海に向かて傾いていますが、千畳敷と呼べるほどの広さになっています。千畳敷と呼ばれる貫入岩の断面から、貫入岩の別の断面である楯ヶ崎の柱状節理を眺めることができます。ですから千畳敷からは、熊野酸性岩類貫入岩の本体の花崗岩体をいろいろな方向から味わうことができます。
 千畳敷からの楯ヶ崎は最高の眺めでした。長い道のりを来たかいがありました。観光地となっている所以がわかりました。千畳敷とそこからみる楯ヶ崎は、なかなか見事なもので、一度は苦労して見に来る価値があります。
 英虞崎の千畳敷は、日本書紀で、神武東征の際、上陸した地とされているとのことです。平安の増基法師は、日本書紀の神武東征の故事を引いて、
  神のたたかひたる処とて、楯をつらねたるやうな巌どもあり
と詠んでいるそうです。歴史的にもなかなか興味深いところです。道中には、小さな入江に神社がありました。阿古師(あこし)神社とよばれています。社殿は趣はないのですが、由来はなかなか古いようです。
 楯ヶ崎や千畳敷は、船で見に来ることができるようです。船だと海岸沿いの「ガマの口」(別名熊野の青の洞窟)や海金剛など、もっと面白い花崗斑岩の露頭もみることができるようです。機会があれば海からも見てみたいものです。でも、歩いてい苦労してこの景観を見るとその感動な大きくなります。負け惜しみでしょうか。2時間ほどでぐるりと一回りして見ることができました。予定通りでしたが、少々時間が遅くなりました。次の目的地に急ぎました。

・英虞・
英虞(あご)は伊勢の国の古い郡の呼び名です。
この地が英虞に属していたことから
神社の名称として阿古(あこ)が用いられたそうです。
また、ここは伊勢の端になっていました。
ですから、仁木島湾を挟んで向かいにある神社は
無古(むろこ)神社とよばれています。
伊勢の隣の熊野に属していました。
熊野の古い郡の名称である牟婁(むろ)にちなんでいます。

・厳しい日程・
実はこの日は、朝から時々激しい雨が降る日でした。
別の目的地に、朝一番にいったのですが、
雨でなかなかじっくりと見ることができませんでした。
諦めて楯ヶ崎に移動したのですが。
前のところで時間を使いすぎたので
昼過ぎにここにつきました。
あまりゆっくりする時間はなかったのですが、
雨もあがっているので、見に行きことにしました。
このあとに向かうのは、紀伊山地の最深部なので
少々時間がかかりそうだからです。