2018年5月15日火曜日

161 滝瀬海岸:シラフラの崖に

 道南乙部町のシラフラの崖には、圧倒される迫力があります。遠目には白く見えますが、近づくと整然とした縞模様が見えます。シラフラの崖に、大地の営みが残されていました。

 ゴールデンウィーク前半に、道南に調査にでかけました。3泊4日の間、幸い天気に恵まれて、予定通りに順調に調査を進めることができました。ただ雪解け時期だったので、川沿いの調査はだめで、主に海岸沿いの調査となりました。
 天候に恵まれたおかげで、いくつか収穫があり、再度精査する必要を感じました。今年は、道南の他に、山陰と東北の調査を予定していたのですが、急遽、調査予定の変更届けを出して、東北地方を中止して、その分を道南に振り向けることにしました。
 校務分掌が変わったので、出かけられることになりました。講義期間中であっても、うまく調整すれば、3日ほどの調査にいけることがわかりました。しばらく道南通いになりそうです。道南だと移動には時間がかかかりますが、自家用車でいけるので、費用はそれほどかかりません。短期間ですが、繰り返し行くことが可能となりました。5月、6月、7月に、三回に分けて短期で調査に出かけることにしました。今年だけの調査の研究費なので、目的は達成の予定です。来年は、どうなるかはもっと先に考えます。
 道南の乙部町、滝瀬海岸に、シラフラと呼ばれるところがあります。今回の調査ではじめて訪れたのですが、調べるとアイヌ語で「白い傾斜地」という意味だということで、江戸時代からこの地名が使われているそうです。その名の通りではないのですが、白い「崖」がそこには延びていました。
 シラフラは、15メートルほどの高さで切り立った崖が、海岸沿いに400、500メートルほど連続しています。白く延びた急峻な崖は、非常に壮観です。崖に近づくと圧倒されてしまいますが、ついその地層に触りたくなってしまいます。威圧感と親近感の両者が入り混じった気分になります。
 シラフラのあたりは、海岸で崖が切り立っています。柔らかい地層が波の侵食で削られた海食崖です。日本海に面しているため、侵食が激しい上に、地層が柔らかいために、その崖は峻立しています。シラフラのあたりだけが、海岸がゆるい弧状に侵食されて、くぼんでいます。
 シラフラの海岸線では、水平の地層が、遠目ではきれいな白色の絶壁になっているように見えます。シラフラの説明として、ドーバー海峡の白亜(チョーク)の崖という文章がありました。その白さと成層状態からでしょう。
 ドーバーのチョークは、あまり固まっていない石灰岩、炭酸カルシうムからできています。この炭酸カルシウムは、主に円石藻類の殻からできています。ところが、シラフラの地層は、チョークではなく、よくみると茶色っぽい黄色の細粒の粘土岩、白っぽい砂岩からでてきます。白っぽいとところは長石や石英などをたくさん含んでいます。白い地層には、珪藻や放散虫の化石がたくさん入っているとされています。化石から、その年代は500~140万年前(新第三紀鮮新世から第四紀にかけて)とされています。地層自体はすべては白いものではないのですが、色も淡いので、崖全体としては白っぽく見えています。
 シラフラの地層は、檜山層群の最上部にあたり館層(たてそう)と呼ばれています。内陸の厚沢部(あっさぶ)町の館(たて)周辺に、広くそして厚くたまっていて、ここは館堆積盆という海が入り込んでいたところだとされています。地層は海底に堆積した、海成層となります。
 シラフラ以外の周辺の地層では、白黒や白と濃い茶色の縞模様がよくみえます。シラフラの少し北側にでは、くぐり岩と呼ばれるところがあります。ここどえも白と濃い茶色の地層が見えます。ここでは、なぜか地層が峰となって海に突き出ています。不思議なことに、侵食に耐えて残っています。海沿いでは、その幅が2、3メートルほどしかないのですが、壁のように海岸を区切っています。この壁は、海岸を通るときに邪魔になるので、1600年ころに人の手で穴を開けたという説明がありました。そんなに古くから、ここには人が住んでいて、ニシン漁がなされてたそうです。
 くぐり岩で私が注目している点は、地層の乱れです。くぐり岩の下半分は成層構造がしっかりとあるのですが、その上半分で地層が「乙」の字形に曲がっています。このような乱れた地層を、スランプ構造と呼んでいます。スランプ構造は、もともとは成層として堆積していた地層が、まだ固まっていない時、なんらかのきっかけ(地震や洪水など)で、海底地すべりで地層が割れることなく、しかし堆積物がまったくばらばらになこともなく、地層の構造を残しながら、流動して乱れてしまったものです。
 さらに上の地層では、また成層構造にもどっています。ですから、ある地層の部分だけ乱れが発生していることになります。不思議な地球のダイナミックさを感じます。
 シラフラから南側の海岸の崖では、いたるところで白と黒の織りなす成層構造がきれいに見えるところがあります。これらも館層に属します。黒っぽいところは、礫岩からできているところです。これらの地層は、重力流堆積物と呼ばれるものでできたと考えられています。
 重力的に不安な状態の固まっていない地層が、なんらかの原因で、滑り出したものです。さきほどのスランプとは違って、地層の堆積物の粒子がバラバラになりながら、水より密度が大きい流体(これを重力流堆積物という)となり、流れていきます。重力流堆積物の典型として、タービダイト(turbidity current、混濁流とも呼ばます)があります。それらが繰り返さえされることで、成層構造ができたとされています。
 シラフラの崖の下を歩いていると、直立する崖に威圧されながらも、このような地層がまっていることの不思議さ、そして触れた見たくなる慈しみも感じていました。
 最後に余談を少々。
 シラフラという言葉が、アイヌ語で「白い傾斜地」が語源とありますが、私には、その意味がよくわかりませんでした。その原典を探していたのですが、とうとう見つかりませんでした。ネットでは、どれが最初の説明か、出典もわかりません。しかし、「白い傾斜地」という説明をあちこちで見かけます。アイヌ語事典で。「白い傾斜地」として入れても、シラフラという言葉になりません。どこから由来したものでしょうか。もっと丁寧に調べればわかるのかもしれませんが、時間切れとなりました。
 シラフラは、傾斜地というより、切り立った直立した崖です。アイヌの人が住んでいたときも同じ景観だったでしょう。どこが傾斜地なのでしょうか。確かに崖の直上は、別の砂丘堆積物のようなものが溜まっていますので、なだらかな傾斜があります。でも白いところは崖です。不思議が残ってしまいました。

・ゴールデンウィークの後半は・
ゴールデンウィークの前半は、
天気がよかったので調査にはうってつけでした。
ところが、後半は不順な天候で自宅にいました。
桜の満開の時期に不順な天候で残念でした。
後半はいつものように午前中は大学に出て、
午後には自宅にもどるという生活をしていました。
授業がない時の大学は、のんびりとしていて、好きです。
いつもこうなら仕事も捗るのでしょうが、
まあ、学生のいない大学は大学ではありません。
学生がいないと、それはそれで寂しいものです。

・地質学を満喫・
今まで月曜日は授業のないrスケジュールなのですが、
校務分掌上の会議がよく入っていました。
また、校務もいろいろあったので、
出かけている余裕もありませんでした。
でも4月からは、土日月曜日の3日間が休みにできるので、
調査にでるときは助かります。
また、金曜日の講義があるのですが、
なんらかの予定で講義スケジュールの変更があると、
その日も調査に充てられます。
1年、調査に専念できるの久しぶりです。
地質学を満喫したいと思っています。