能登半島に調査にいきました。石川県には何度も行っているのですが、能登は、はじめて訪れるところでした。能登半島の砂を見て、大地の営み、そして人の営みを考えました。
9月5日から11日まで、一人で調査に出ていました。コースは、小松空港を出発して、能登半島を回り、富山県の庄川を遡り、岐阜県の長良川を下り、途中から福井県に入り、九頭竜川を下って河口のある三国までいき、小松へもどりました。今年の春に、若狭湾から越前、三国まで調査していますので、今回は、その連続を調査しました。
能登半島の西の付け根あたりに、千里浜なぎさドライブウェイというものがあります。石川県羽咋(はくい)郡宝達志水町今浜から羽咋市千里浜町にかけて、約8kmも続く海岸があります。この海岸は、自動車や観光バスも波打ち際を走ることができる「道路」となっています。日本で、車が走れる海岸は、ここだけだそうです。私も、実際に車で走って、爽快なドライブをしました。
自動車が砂浜を走れるのは、砂がしまっているためです。砂の粒度はよくあるサイズのもので、特別なものではありません。ですから、砂に適度な湿り気があるのでしまってるのと、水混じりの砂が力がかかると一種のゲルとして固体のような振る舞いをするのではないでしょうか。
千里浜から能登半島の西側の海岸沿いを走りました。羽咋市を過ぎると、海岸の様相が大きく変ります。穏やかであった海岸線が、険しいものへと一変します。能登金剛とよばれるような切り立った断崖の海岸となります。
能登半島の海岸沿いを一周して、北半分にあたる奥能登と南側の地域を見て、海岸の様相がかなり違うと感じました。
私は砂を試料として収集しているので、海岸の様子には注意しています。半島の南側の海岸ではたくさん砂浜がありましたが、北側の海岸では、砂を採集できるところが非常に少なかったのです。砂浜があっても、小規模なものでした。その違いは、どうも大地の生い立ちに原因がありそうです。
海岸に砂が集まったり、なかったりするのは、いろいろな要因が考えられますが、重要なものは、地形砂の供給源と運搬する海流の作用、そして海岸の地形です。
砂浜があったとしても、長い時間がたてば、砂浜は消えていしまいます。それは、砂が、波の作用で、砕かれ小さくなって、やがては波に運び去られていきます。ですから、砂浜があるということは、その砂浜に常に砂が供給される場所でなければなりません。
砂の供給源は、海岸の崖が崩れることや貝殻が砕かれることもあります。しかし、砂は、主に川から運ばれてきます。近くに川があると、上流から運ばれてきた土砂が、周辺の海岸に砂を供給することができます。川の流れは定常的なものですから、砂をいつも供給することができます。
次に、川から供給された砂が、海岸に運搬され続けなければなりません。それが沿岸流とよばれている潮の流れです。沿岸流は、複雑な動きをしますが、大局的に見れは、海流の影響を受けます。日本海では、対馬海流が、東から西に向かって流れています。能登半島の西側は、強い対馬海流にさらされているという点では、北も南も同じ条件となります。また能登半島の東側は、半島が対馬海流を影響を和らげます。この点でも能登の北も南も同じです。
ですから能登半島の場合、海岸に砂浜ができるかどうかは、砂の供給源、つまり大きな川が潮の流れの上流側にあるかどうかが大きな違いとなってきます。能登半島の付け根には、大きな川がいくつもあります。西側では、手取川、東側には庄川、神通川、常願寺川など白山や飛騨の山並みに源流をもつ大河があります。一方、奥能登は奥能登丘陵と呼ばれる山地はありますが、河川はどれも急で短いものです。そのため、砂の供給源としては、不十分です。このような砂の供給源として、大きな川の有無が、砂浜のできるか、できないかの大きな原因となっていると考えられます。
3つめの原因として、海岸の地形にも砂浜の成因と、密接な関係があります。つまり、奥能登には砂浜ができにくい理由があります。それは、奥能登が大地が上昇する(隆起といいます)という地殻変動を続けているためです。
能登半島の隆起は、数十万年前からはじまり、現在も続いています。大地の隆起は、海岸段丘というものから推定することができます。海岸段丘とは、海岸沿いにできた階段状の地形です。つまり、もともと海の海岸線であったところ(汀線といいます)が、段丘の平らな面(段丘面)となます。その後、陸が急に隆起したり、海面が下がると、今までの平らな面が海水の作用で侵食され崖(海食崖)になります。それが、段丘の崖(段丘崖)となります。隆起が続いている地域では、高い位置にある段丘面ほど古い時代に形成されたものになります。
12万5000年前の地球の温暖期に当たり、現在より3から6mほど海面が上昇していました。そのときに形成された段丘面は、能登半島の北端の折戸では、現在、なんと標高109mのところにあります。また、東海岸の九十九(つくも)湾では、標高49mのところになります。その後も能登半島は上昇を続けています。
ただし、この隆起よりすごい変動が起こっています。1万3000年から1万8000年前の氷河期(リス氷期)には、130mも海面が下がりました。その後、氷期(ヴュルム氷期)が訪れ、そして現在の間氷期になります。ヴュルム氷期でも現在の海面より120mほど下がりました。その海面上昇は急激で、奥能登が隆起しているのにかかわらず、海面上昇が隆起を追い越してしまいました。そのため、山間部の地形である谷や尾根が、そのまま海岸線となってしまいした。このような海岸線を、リアス式海岸と呼んでいます。九十九湾はリアス式海岸の典型的な場所です。
奥能登では、砂の供給が少ないとともに、このような隆起や海面変動によって砂浜の海岸ができるような平地がないため、より砂浜が少なく小さかったのです。
近年、日本各地で、海岸の砂の流出が問題になっています。その原因のひとつは、河川の護岸によって砂が海に運ばれることが少なくなっているためです。実は、千里浜でも、砂の供給が少なくなって、侵食されはじめていることが問題になっているそうです。治水として川を護岸することが、実は思わぬところで、影響を与えていることになります。一方を守るために手を加えたことによって、別のところに被害を与えることがあります。自然は奥深いです。そのことを知ったからには、場当たり的な処置は注意が必要です。砂がなくなったから、別のところから持ってくるなどという愚かな対処をしないことを祈ります。能登では見かけませんでしたが、人工砂浜を見ると虚しくなるのは、私だけでしょうか。
・リフレッシュ・
北海道では、9月になっても、暑い日が続いています。
しかし、朝夕は涼しく秋を感じさせます。
私の大学は、まだ夏季休暇中ですので、
9月のこの時期が、一番仕事のできるときとなります。
私は、9月上旬には、いつも調査に出ることにしています。
そして、9月後半は論文をまとめるというパターンです。
ですから、これからは、論文を書くことに専念したいと思っています。
調査で頭はリフレッシュしたのですが、
本州の暑い中を調査したので、少々ばてています。
まあ、連休明けからがんばりましょうか。
・豪雨・
能登半島をめぐっているとき、激しい雨に会いました。
調査に出る直前に、集中豪雨のため、
本州各地で水害や土砂災害を起こしていました。
その二の舞かと思うほどの激しい雨でした。
車を走らせていると、前が見えなくなるような雨でした。
ですから、能登半島の調査は、
なかなか思うようにできませんでしたが、
雨は降り続けることなく、休み休み降っていたので、
その合間に調査を続けました。
もちろん断念した場所も何箇所もありますが、
雨ばかりはどうしようもありません。