本州の最北に、下北半島はあります。その最北の地に霊場として有名な恐山があります。恐山は霊場としてだけでなく、地質学者の注目も集めているところです。地質学者が注目する霊場を紹介しましょう。
私は、8月上旬の蒸し暑く、時々雨が降る日に恐山(おそれざん)を訪れました。恐山は、青森県、下北半島のほぼ中央に位置します。慈覚大師円仁が開いた恐山菩提寺の周囲には、多数の死者を弔った遺族が残していったと思われる、積みあげた石や風車が、いたるところにあります。また、いろいろな時代につくられたと思われる石仏があります。そんな地を巡り歩いていると、異界に迷い込んだような気分になりました。
人為的な石積みや風車、石仏がなかったとしても、周りの緑の山の中に、忽然と現れる火山の噴気、そして異臭の漂う不毛の地にぽつんと置かれると、人は異界にいる気分になってしまうのではないでしょうか。恐山は、そのような景観を持っているためでしょうか、高野山、比叡山とともに、日本三大霊場の一つになっています。
下北地方では恐山は、古くから信仰の地されていて、人が死ぬと魂は恐山にいくといわれていたそうです。その信仰は、今も残っています。かつては、盲目や弱視の女性が修行を行った後に、イタコと呼ばれる巫女(みこ)になって、「口寄せ」で語ることが行われています。「口寄せ」とは、死者の霊をイタコ自身に乗り移らせて語ることで、イタコの口を通じて死者の声を遺族が聞くことになります。
今風にいえば、心理カウンセリングになるのでしょうか。今でも、恐山大祭や恐山秋詣りに、イタコによる口寄せが盛んに行われているそうです。ただ、障害者の生活が改善してことや、イタコになるための修行が厳しいことから、新たにイタコになる人は減り、高齢化が進んでいるようです。
そのような霊場として、恐山は多くの人が知る有名なところです。しかし、実は「恐山」という山はありません。地質学では、恐山とは、東西17km、南北25kmの範囲にいくつもある火山の総称となっています。外輪山とその中にある宇曽利湖(うそりこ)、そして湖の周辺にある小さいな火山からなる、一連の火山活動の集合体です。活動時期の違う火山群が、カルデラの外と中にあるため二重式火山と呼ばれています。このような火山全体を恐山と呼んでいます。
外輪山は、蓮華八葉と呼ばれている剣山、地蔵山、鶏頭山、円山、大尽山、小尽山、北国山、屏風山の8つの火山からなります。外輪山の東の外側斜面には釜臥(かまふせ)山(標高879m)が、西側斜面には朝比奈岳(874m)がありますが、いずれも寄生火山で、恐山の一部です。
宇曽利湖は、直径約2kmの噴火後できたカルデラ湖です。宇曽利湖の水は、強い酸性なので、特殊な動植物プランクトンや、酸性水に強いウグイが生息しているだけです。宇曽利山湖の北東には正津川があり、湖の水が津軽海峡まで流れていきます。火山湖の水が流出して谷ができ(火口瀬と呼びます)、水面が12mほど下がりました。そのため湖の周辺には、湖岸段丘ができています。
宇曽利山湖の周辺には、噴気が立ち上っているところや、熱水が沸いているところなどがいくつもあります。これらは、カルデラ形成の後にできたいくつかの火山円頂丘が、その熱源となっています。火山円頂丘をつくったマグマが今も活動して、熱水や蒸気を噴出しているのです。このような噴気活動がある地は、地獄と呼ばれています。
恐山は記録に残っている噴火はなく、最後の噴火は地質調査から1万年前より古いと考えられています。噴気を盛んに上げているために、活火山になっていますが、噴火の危険性は少ないと考えられています。
恐山は、地質学者の間では、活火山ということとともに、生きている金鉱床として有名です。噴出する熱水が、現在も金鉱石を形成しているのです。
金鉱床は、爆裂火口の中にできた浅い熱水湖の底に沈殿物の中に見つかっています。金を含む沈殿物の地層が、ヘドロ状に形成されています。このようなメカニズムでできる金鉱床は、1989年にはじめて報告され、恐山型金鉱床と呼ばれる大変珍しいものと考えられています。
金の総量は多くないと思われますが、そのでき方に注目されています。
温泉には、量は少ないのですが金を含んでおり(30ppb、3/1億の濃度のこと)、その金が流れさることなく沈殿するメカニズムがあります。ヘドロには7ppm(7/100万の濃度)の金が含まれています。金の濃集しているところでは、400ppm(4/1万の濃度)もあるところが見つかっています。
金鉱石は、その貴重さから、存在がわかるとすぐ採掘されたのですが、恐山は霊場でもあったため、誰も鉱業の場として着目していませんでした。ですから、鉱業としては手付かずの未開拓の場でした。もちろん現在も霊場ですから、採掘をすることはできません。
金は、今まで誰にも知られることなく溜まったものです。地質学者が知るところとなりましたが、経済的な鉱山とするような規模ではないようなので、このまま大切に保存すべきものでしょう。できれは、その起源やメカニズムが解明されることが望まれます。ただ、心無い人に荒らされなければいいのですが。
宇曽利湖の水は、エメラルドグリーンのきれいな色をしています。また湖畔は、白い砂浜が広がっていることから、極楽浜と呼ばれています。しかし、極楽浜のすぐ横には、現在も噴気を出している地獄があります。恐山は、極楽と地獄の景観が混在しています。極楽浜から地獄を眺めると、まさに今、自分は異界の地に立っていることを感じさせます。ある蒸し暑い夏の日に、そんな不思議な体験をしました。
・霊山・
恐山をめぐるルートでは、噴気があちこちで見られます。
危ないところは、柵がしてあります。
そんな噴気にコインを置く人がいっぱいいるようです。
私には理解できませんが、
日本人にはどうもそのようなことする風習があるようです。
そこには、変色した多数のコインが見つかります。
温泉には、毒々しい赤をしたものがあります。
血の池と呼ばれています。
また黄色の沈殿をためた熱水の川もあります。
そのような見慣れない水の色、景観に、
恐れや畏敬などの不思議な気持ちが湧いてきます。
はやりここ恐山は、霊山なのでしょう。
・金品位・
金の含有量は、鉱業的な意味もあり、
岩石1トン(t)当たり、金が何グラム(g)含まれているか
という表示法が用いられています。
g/tという単位で表記されます。
金の含有量を金品位と呼びます。
g/tとは、ppmと同じ意味になります。
恐山の平均的な金の含有量は7ppm、
多いところで400ppmとなります。
金鉱床の品位は、採算が取れるかどうか
採掘方法と埋蔵量によりますが、
露天掘りであれば、数ppmあれば採掘可能だといわれています。
その中で400ppmの高濃度の部分もあるというのは、
非常に有望な鉱床といえます。
ただ、恐山の金鉱床の規模は
それほど大きくはないと考えられるので、
埋蔵量は少ないはずです。
ですから、恐山の金は、鉱業的な意味より、
学術的意味が大きいのです。
ちなにみ、世界でも有数の品位を誇るのが
鹿児島県の菱刈鉱山です。
平均品位80ppm、濃集部では4%に達する
常識破りの金品位をもっています。