2006年9月15日金曜日

21 足摺岬:岬の先端に不思議な石がある 2006.09.15

 昨年秋に足摺岬に調査に行きました。変わった石が出るのですが、その起源はまだ謎のままなのです。

 四国は、長方形のそれぞれの角が、南北にでっぱったような形をしています。南西側のでっぱりが、足摺岬になり、南東側が室戸岬です。私は、足摺岬には2度行ったことがあります。しかし、残念ながら室戸岬にはいったことがありません。一度目の足摺岬は30年近く前の春であまり記憶にありません。2度目は1年前の9月でした。いずれも急ぎ足での見学となりました。
 足摺岬を訪れたのは、観光ではありません。地質学的に面白い石が見られるからです。
 足摺岬と室戸岬にある石は、花崗岩や斑れい岩と呼ばれるものです。花崗岩や斑れい岩は、マグマが地下深部でゆっくりと冷え固まったものです。花崗岩と斑れい岩の違いは、マグマの性質の違いにより、花崗岩は白っぽい岩石で斑れい岩は黒っぽい岩石です。室戸岬は斑れい岩を主としています。足摺岬は花崗岩と斑れい岩が混在してあります。
 花崗岩や斑れい岩は、特別な岩石ではなく、どこにでもある、ありふれた岩石です。しかし、ある場所が問題なのです。足摺岬や室戸岬では、南過ぎるのです。その理由を説明しましょう。
 現在の日本列島でマグマが活動しているのは、火山フロント(前線)と呼ばれるところです。東日本では、北海道千島列島から知床半島、大雪から、道南の渡島半島、下北半島、奥羽山地、関東山地、富士山、伊豆半島、伊豆諸島から小笠原諸島へと続く東日本火山列があります。一方西日本では、大山などの中国地方の日本海側の火山から、九州の九重、阿蘇、霧島、桜島からトカラ列島に続く西日本火山帯があります。
 この火山帯では、マグマの活動が盛んです。火山だけでなく、地下にはマグマがゆっくりと冷え固まった深成岩も形成されているはずです。このような深成岩が見えるようになるためには、長い時間かかって風化侵食を受けてた地下深部の岩石が見えるようにならなければなりません。
 これらの火山列は、東日本では、太平洋プレートの沈み込みによって形成されています。西日本では、フィリピン海プレートの沈み込みによるものです。
 沈み込みによるマグマの形成とは、沈み込んだ海洋プレートからしぼりだされた水分が、列島の下のマントルに供給されてできます。水分がしぼりだされる深さが、プレートの沈み込む状態で決まっています。それに対応して火山のできる位置も海溝(西日本ではトラフと呼ばれます)からある一定の距離が離れたところに決まってきます。ですから、火山フロントより海側では、マグマの活動が起こることはありません。
 ところが、足摺岬にはマグマの活動でできた花崗岩があります。不思議です。
 もちろん、この花崗岩は最近活動したマグマによるものではなく、1400万年前ころ(新生代中新世中期)に活動したものです。そのころ、足摺岬のあたりに火山フロントがあったのでしょうか。どうもそうではなさそうです。
 日本は、もともと大陸のふちにあり、常に海洋プレートの沈み込みに伴う堆積物(付加体と呼ばれています)が集積をしているところでした。ところが、中新世には、大陸の縁から日本海が開き始めて、列島となっていく時期にあたっています。付加体の位置ではあるのですが、日本海の拡大に伴って、日本列島が海側に押し出される時期になります。
 さらに、この中新世には、フィリピン海プレートの一部である四国海盆が沈みこんでいく時期に当たっています。四国海盆は海嶺をもっているできたての小さい海洋地殻(縁海と呼ばれています)であったと考えられています。この四国海盆は中新世(前期から中期にかけて)に海底が拡大してすぐに、西日本に沈み込んでいきました。
 西日本を広く見ると、1400万年前頃に起こったマグマ活動の痕跡が、フロントより海側のいたるところにみられます。紀伊半島の潮岬、熊野地域、四国の室戸岬に足摺岬、沖ノ島、少し海から離れますが高月山、九州でも大崩山、屋久島などに、火山岩や深成岩がまとまって分布しています。
 中新世の頃の西日本が普通の列島と違う点は、沈み込む海洋プレートができたての若くて暖かいものだったことです。このような地質学的特異な状況では、どのようなマグマのでき方をし、どのようなマグマの性質になるでしょうか。
 マグマの性質には、いろいろなものがあることがわかっています。そのようないろいろなマグマを作るには、いろいろ材料物質やいろいろな融けるメカニズムが必要になります。それにはいろいろな起源がり、その起源に関する説もいろいろあり、また研究中のテーマとなっています。
 一つは、海嶺の活動していたマグマが、そのまま付加体の中に噴出したものがあります。室戸岬や潮岬の玄武岩類がこれに相当します。
 海嶺から離れた活動ですが、海洋でのマグマの活動(オフ・リッジ火山活動と呼ばれています)によってできたものがあります。それは、紀伊半島の高草山など見つかっている玄武岩です。
 沈み込む海洋地殻が融けて(スラブ・メルティングと呼ばれています)できたマグマがあります。このような仕組みでできた岩石は、紀伊半島から四国東部の瀬戸内地方にある火山岩(瀬戸内火山岩と呼ばれています)です。ただしこれには異説があり、沈み込む海洋プレートの上に溜まっている堆積物が融けてできる可能性も指摘されています。
 また、四国海盆の海嶺できたいマグマが、付加体を融かしてできた大量の花崗岩マグマもあります。熊野地域に広がる大量の花崗岩質マグマによる火成岩類が、その典型だと考えられています。
 では、足摺岬の火成岩は、どのようにしてできたのでしょうか。本当のところは、まだ定説がありません。とにかく足摺岬の岩石は変わっています。
 足摺岬には、アルカリ花崗岩、閃長岩などカリ長石に富む花崗岩類があります。この花崗岩の中に、日本では非常に珍しいものがあるのです。
 アルカリ長石(淡いピン色に見える鉱物)が斜長石(白い鉱物)によって取り囲まれているものです。長石が丸み(ピタライトと呼ばれます)を持っています。このような花崗岩は、珍しいもので、ラパキビ花崗岩と呼ばれています。石材として日本ではよく見かけますが、13~17億年前に形成された大陸地域の岩石にラパキビ花崗岩があります。ラパキビ花崗岩は、日本では足摺岬にしかありません。本家のラパキビ花崗岩の起源も、よくわかっていません。
 足摺岬の道は、風化した花崗岩がつくるのっぺりとした地形の道でした。岬へ向かう道は尾根にあるのに、どことなく山奥の尾根道のように感じました。これは、花崗岩は、日本では列島の古い岩石のある脊梁山脈地帯によくみられる岩石だからでしょうか。花崗岩が風化すると、のっぺりとして、ところどこの丸みのある花崗岩が残されたような地形となります。足摺岬では、唐人駄馬巨石群と呼ばれるところがあります。そこは、風化で残された花崗岩がつくる景観です。そんな地形が岬に向かう尾根で見れるのです。
 そんなことをつらつらと考えながら、観光はせずに急いで帰途に着きました。

・ラパキビ花崗岩・
ラパキビ花崗岩は、スカンジナビア半島、ロシア、北アメリカなどの
大陸地域に広く分布する岩石です。
赤っぽい石材として日本各地で見ることができます。
ラパキビ花崗岩は、13~17億年前という非常に古い時代に形成されたものです。
足摺岬花崗岩類のように1400万年前ほどの若いものは非常に珍しいものです。
足摺岬の岩石だけでなく、
西日本の火山フロントより海側の火成岩類は
まとめてその成因が解明されつつあります。
ですから、本家のラパキビ花崗岩の起源も
日本で明らかにされるかもしれません。
ちなみにラパキビとは、フィンランド語です。
ラパは「もろくて崩れやすい」、キビは「石」という意味です。
地質学のラパキビ花崗岩の特徴より、
花崗岩そのものの性質をあわしている言葉です。

・ジレンマ・
足摺岬は、室戸岬と共に、台風情報を聞くときによく耳にする地名です。
観光地でもあるのですが、観光目的でない人間にとっては、
なかなか足を伸ばしにくいところです。
遠方からの訪問者にとっては、ついつい急ぎ足にみてしまうものです。
私は急ぎ足の旅行は苦手です。
年のせいか、疲れやすくなったもの理由の一つです。
興味あるところとだと、もう一度行きたくなります。
ですから、2度手間となることがよくあるからです。
できるだけじっくりとと思っているのですが、
なかなかそうもできなくなりました。
金銭的問題より、時間的問題です。
若いときは、体力も時間もあったのですが、お金がなくて、困っていました。
今では体力と時間がありません。
ですから、体力のいるところは、できるだけ早めに見ておきたいものです。
でも、それをする時間がままならないのです。
ジレンマですね。