2023年11月15日水曜日

227 野島断層:地層の分裂と連続

 兵庫県南部地震で大地が動き、各地で地層が壊されきました。大地の動きは地表に現れ、断層として記録されました。淡路島は、かつては周辺地域と連続してたのですが、大きな断層で分断されてきました。


 夏の終わりに、兵庫県の淡路島にいきました。淡路島を訪れるのは、初めてのことでした。神戸淡路鳴門自動車道で徳島から、大鳴門橋を通り、淡路島の北方で降りました。明石海峡をみながら、淡路島を2日間かけて一周しました。
 淡路島は、明石海峡大橋で神戸と繋がっているので、京阪神からのドライブで多くの人がきているようです。若者が好むところも多数あるようで、行列ができている店が、東側の道路沿いにいくつもありました。
 淡路島の東側を回ったのは、北西にある淡路市にある野島断層を見学することが目的でもありました。野島断層を見る施設は、正式には「北淡震災記念公園 野島断層保存館」といいます。
 この断層は、1995年1月17日午前5時46分、日の出前に発生した兵庫県南部地震のときにできたものです。神戸の被害や火災、横倒しになった高速道路などニュース映像として、何度繰り返されています。神戸の被害が中心に流れることが多く、それ以外の地域は、あまり話題になることはありませんでした。しかし、「阪神・淡路大震災」の名称のとおり、淡路島の被害も、大きいものでした。
 震度7をはじめて適用された地震となりました。震度7も広域で記録されるような大きな地震でした。戦後から兵庫県南部地震までは、大きな被害をもたらす地震は少なかったでのすが、その後、2004年の新潟県中越地震、2011年の東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)、2016年の熊本地震、2018年の北海道胆振東部地震で、次々と、震度7が観測されてきました。そのような傾向から、地震の活動期が入っているともいわれています。
 兵庫県南部地震のエネルギーは、マグニチュード7.3という大きなものでした。震源は、淡路島北部の明石海峡で、深さ16kmで起こったものでした。震源が神戸や淡路島に近いところで、活断層による直下型地震となりまします。新潟県中越地震、熊本地震、北海道胆振東部地震も直下型地震でした。このような活断層による直下型地震は、津波などの災害はあまりないのですが、激しい揺れによる被害が大きくなります。
 さて、野島断層保存館は、実際の断層をそのまま保存しています。横ずれと上下のズレによってできた地形ができ、保存館には、その断層が残され、保存されています。断層を掘ってあるトレンチも展示され、断層による地下までのずれが観察できました。
 野島断層の施設内には、断層でずれた花壇のレンガや塀、また家屋の中で起こったズレもそのまま保存されています。「神戸の壁」と呼ばれるものがありました。昭和2年頃に、神戸の公設市場で延焼防火壁として建てられた壁で、大震災でも倒れず、焼けずに残っていました。それが、ここに移設されています。
 淡路島は、ご存知のように、四国、中国、近畿の間、瀬戸内海と太平洋の間にあります。なぜここに島があるのでしょうか。淡路島の南北の長さが50kmほどですが、北部で幅が狭く5kmほどですが、南は広がっており20kmになります。北部には山地があり、南部にも山地が東西に広がっています。
 地形は地質を反映しています。淡路島の北の山地は、神戸の六甲山地を構成している後期白亜紀の花崗岩(新期領家帯)に連続しています。ただし、明石海峡の陥没したため分断されています。花崗岩は、淡路島の北部の基盤の岩石となっており、周辺には中新世の堆積岩(神戸層群)があります。
 淡路島の南側には、諭鶴羽(ゆづるは)山地があり、紀伊半島の和泉山地から四国の讃岐山地まで続く山並みがあります。この山地は白亜紀後期の堆積岩(和泉層群)が分布しています。そして、淡路島全域のすべてを不整合で覆っているより新しい地層(大阪層群)が広く分布しています。淡路島の和泉層群の南側の海の中には、中央構造線が通っています。
 淡路島は、今では橋によって神戸と四国に繋がっているのですが、地層では昔から神戸と四国、紀伊半島も連続していました。ただし、断層によって四国や本州と切り離されて島となりました。淡路島周辺には、昔から断層が形成され、現在も活動して地震を発生しています。
 兵庫県南部地震のとき、神奈川県の博物館準備室にいました。直接の被害はなかったのですが、朝のニュースで、大きな地震が神戸であったことはわかったのですが、実態がまだ不明でした。親族が京都にいたので、すぐに電話をしました。大きな揺れで驚いたが、家族も家も大丈夫であると聞いて一安心しました。しかし、その後で電話しようとすると、繋がらなくなりました。
 間接的な影響もありました。博物館で用いる特別な装置の部品の一部は、当時の大阪周辺の下請け工場で作られていたそうです。特別な技術を持った工場も多く、被害を受けていたら、製品の完成が遅れかもしれないといわれていました。しかし、幸い大きな被害がなく、予定通りに開館にこぎつけられました。
 その後も、震災は繰り返されています。その度に、人はこれまでの教訓を活かし、少しでも早い復興を目指してきました。自然災害による物質的な復興は費用と手間をかければできますが、人の心や傷ついた記憶の回復は難しいものです。人の心を癒やし、傷ついた記憶を治めるのには、人の心からの手当が必要なのでしょうね。

・今シーズン最後の調査・
先週末に調査にでかけたので、
予約配信としています。
今シーズンの調査は、これが最後になります。
晴れの日には大量の雪虫の発生、
曇の日には氷雨になり雪が降りそうな気配があります。
予約配信なので先週末の天気は不明ですが、
週末に寒波がきそうなので少々心配です。
事前に日程を組んでいるので、
出かけるしかありません。
心配しても仕方がありません。
せいぜい楽しんでいければ思っています。

・4年制大学・
11月は大学の後期の折返しとなります。
学生たちも、落ち着いて授業が受けられる時期でもあります。
3年生は就活が前倒しになってきています。
3年生には落ち着かない学生もいるかもしれません。
教職につく学生も、3年生のうちから
筆記試験が受けられる制度が
導入されるようになりました。
はじまったばかりなので、
どの程度の人数が受験をするか不明ですが、
落ち着かなくなってきています。
もう少しじっくりと大学での学びを続ける方が
4年制大学にいる意味がありそうなのですが。