2010年11月15日月曜日

71 別子:エクロジャイトの縁

 エクロジャイトとは岩石名です。日本語もあるのですが、英語で使うことが多いようです。あまり聞かない言葉なのですが、四国山地の山奥の別子では、重要な役割をもった岩石として、知られています。そこを訪れて、大地の生い立ちの不思議な縁(えにし)を感じました。

 四国にきて、最初に長期調査に出たのは、5月末でした。梅雨になる前にと思って、野外調査に出ました。瀬戸内沿いに徳島まで行き、中央構造線沿いを戻りました。最後の調査地として、別子を訪れました。その目的は、珍しい石を見るためです。
 四国には、東西に走る中央構造線と仏像構造線という大規模な断層があります。中央構造線の南側に、仏像構造線があります。その間に、四国山地があります。中央構造線では横にずれながら南側の地帯が上昇しています。仏像構造線では北側が上昇しています。四国山地は、中央構造線と仏像構造線に挟まれて、上昇した部分となります。
 地層区分としては、中央構造線と仏像構造線の間の四国山地は、北に三波川変成帯、その南に秩父帯があります。三波川変成帯は、以前のエッセイ(66 大歩危:三波川に開いた窓:2010.06.15)で紹介したように、新しい地帯区分が提唱され、狭義の「三波川変成帯」と新たに区分された「四万十変成帯」に2分されようとしています。その詳細については、別の機会にしましょう。
 今回は狭義の「三波川変成帯」の中でも中心部に当たるところです。中心部とは、三波川変成帯の中で、もっと変成作用の程度が高いという意味です。そこを見に行きました。ただし時間があまりないで、アプローチのいいところへ行くことにました。
 別子は、四国山地の中央部、三波川変成帯の中を流れる銅山川沿いにあります。銅山川は、名前の示すとおり、銅山があったところを流れる川です。別子鉱山は、銅山として有名で、かつて栄えたところですが、銅山川に入る山が険しいのでアプローチの道路があまりよくなく、観光地としてはあまりにぎわってはいないようです。
 以前にも、銅山川には来たことがあります。そのとき、川の転石を拾いました。その岩石は、山深くに分布しているので、露頭を見るためには、山を登っていかなければならず、時間が必要です。今回も時間がないのですが、露頭をなんとか見たいと思っていました。地質の巡検案内書を頼りに、アプローチのよい露頭で、その岩石を見ることにしました。
 その岩石は、エクロジャイトと呼ばれるものです。エクロジャイトとは、英語のeclogiteを、そのまま読んだものです。エクロガイトと発音されることもあります。日本語で、榴輝岩(りゅうきがん)という呼び名がありますが、あまり使われていないようです。
 榴輝岩は、難しい漢字が使われていますが、ガーネット(柘榴石:ざくろ石)と輝石からできている岩石という意味です。実際に、エクロジャイトは、ガーネットと輝石を主は構成鉱物としている岩石です。
 ガーネットにもいろいろな種類があるのですが、エクロジャイトでは、鉄やマグネシウムの成分が多いもの(アルマンディン:almandineやパイロープ:pyrope)で、赤っぽく見えます。また、輝石も、カルシウムを含む単斜輝石でも、ナトリウムやアルミニウムを含むもの(オンファス輝石:omphacite)とよばれるもので、緑っぽい鉱物です。
 エクロジャイトを見ると、ガーネットがぶつぶつとして入っていて、岩石の地の部分に輝石を含んでいるので緑色に見えます。赤と緑が織り成す岩石となります。エクロジャイトには、ガーネットが多いところや少ないところもあり、見かけの色やつくりは多様になりますが、緑と赤の混じっているという組織は共通しています。
 エクロジャイトの岩石自体の化学組成は、玄武岩と似ています。しかし、いずれの鉱物も、通常の火成岩では見られない成分をもっています。玄武岩を用いた合成実験で、高圧の条件で変成を受けると、このような成分の鉱物ができることが知られています。高圧条件ではあるのですが、それほど高温ではないという限定された条件でしかできません。つまり、エクロジャイトは、玄武岩が高圧条件で変成を受けてできたと考えられています。
 エクロジャイトは、玄武岩の化学組成をもち、岩石の大部分がガーネットと輝石からできるものをいいますが、これは狭義のエクロジャイトで、広義で使われるエクロジャイトもあります。広義のエクロジャイトは、高圧の変成条件(エクロジャイト相と呼ばれます)の変成岩に広く用いられる場合があります。ガーネットと輝石が主成分でなくても、温度や圧力がエクロジャイト相の条件であれば、エクロジャイトと呼ばれることがあります。
 狭義でも広義でも、エクロジャイトは、地下深部の条件でできる変成岩なので、地表にはあまり出てこない岩石ですが、日本では、愛媛県別子の東赤石山付近などの限られた地域に分布しています。珍しい岩石ですが、東赤石山のエクロジャイトは、世界的にも低い温度で生成されたものとして有名です。
 エクロジャイトができるような条件を満たす環境は、沈み込み帯です。そこでは、海洋地殻(玄武岩)がもぐりこんでいます。海洋地殻は冷たいので、沈み込んでも、温度がすぐには上がりません。しかし、圧力は深度に敏感に反応するので、圧力だけが上昇していきます。沈み込み帯では、低温高圧の条件での変成作用が起こります。そして深く沈みこむとエクロジャイト相の条件が生し、玄武岩組成の部分は、狭義のエクロジャイトが形成されます。
 別子のエクロジャイトの分布は、五良津(いらつ)岩体、東平(とうなる)岩体が主なものとしてあり、小さいですが、瀬場(せば)岩体があります。瀬場岩体は、道路にも近いので、アプローチしやすいところです。ここでは、以前転石をとったので、今回は一番大きな五良津岩体のエクロジャイトを見たいと思っていました。
 五良津岩体は、もともとは全部がエクロジャイトでしたが、地下深部から上昇してくるとき、程度の低い変成作用を受けて別の変成岩(緑れん石角閃岩というもの)になっているところもあります。今回見たのは、五良津岩体の端に当たり、低度の変成作用を受けているところでした。しかし、狭義のエクロジャイトが残っているところもあります。
 私は、東の三島のほうから銅山川へ入って、西に抜けました。その間に、エクロジャイトの露頭を見ることにしていました。まさに、エクロジャイトのためだけに別子を訪れたことになります。夏の暑い日、人里はなれた山奥の林道で、やっとエクロジャイトの露頭にたどり着いた横には、涼しげな滝がありました。そこで遅めの昼食をとりました。静かな山の景色とエクロジャイトのコントラストが印象に残っています。
 別子は、1691年から、採鉱が開始され、1973年に閉山した銅山です。別子銅山は、住友が当初から開発し、一環して採掘に関わってきました。一時は世界でも最大級の採掘量を誇っていました。最盛期には、3800人もの人が住んでいて、学校、郵便局、映画館などもあったそうです。
 新居浜に降りる道の途中から分け入ると、鉱山跡が今もみることができます。巨大な石積みや施設の廃墟が残っています。「東洋のマチュピチュ」というキャッチフレーズをつけたら、観光客が急増したそうです。しかし、アプローチの道は狭く、対向車に出会ったら大変なところあるそうです。観光客が多いときは、時間規制で一方通行にしているようです。私は、時間がなかったので、そのまま新浜へと急ぎました。
 別子鉱山は、層状含銅硫化鉄鉱床(キースラガー(ドイツ語ではKieslager)とも呼ばれています)というタイプです。日本語とドイツ語の両方の呼び方が使われていますが、日本の地質学者はキースラガーと呼ぶことが多いようです。
 キースラガーは、海底での熱水変質によってできた鉱床だと考えられています。エクロジャイトができる前、変成を受ける前の玄武岩が、まだ海洋底で噴出した頃です。海洋底の火山としてマグマが噴出して玄武岩ができます。激しい火山活動の周辺には、熱水噴出も起こります。熱水によって特殊な成分の農集がおこった鉱床が、キースラガーの成因だと考えられています。
 キースラガーとエクロジャイトは、起源では熱水変質鉱床と高圧変成岩となり、直接関係がありません。しかし、海洋地殻というキーワードで結びついています。
 この山を構成している岩石は、もともとは海洋底にある海嶺の火山活動で形成されました。そこで熱水変質がおこり、大規模なキースラガーの鉱床が形成されます。やがて海洋プレートとして、それらの岩石は海溝から沈み込みます。深くへと沈み込んだ玄武岩は、低温高圧の変成作用を受けます。そして、それら一連の岩石は、断層の働きによって、持ち上げられ、四国山地となり、浸食で地表に顔を出します。キースラガーは鉱山として掘られ、エクロジャイトは地質学者の注目を集めます。夏の暑い日、涼しげな滝の横で昼食をとりながら、そのような激しくも複雑な大地の営みに思いを馳せました。
 こんな複雑な経歴をもった岩石が、今そこにあるのです。私がエクロジャイトを見ることができるのは、大地の営みが生み出した不思議な縁(えにし)なのでしょう。

・11月は・
寒暖を繰り返しながら、
秋が深まっていきます。
秋の行事もだいぶ終わりとなり、
いよいよ師走へと向かいます。
11月は、地域での頼まれ仕事が忙しく、
調査にあまり出ません。
下旬に少し出れればと思っています。
12月になると、論文の締め切りになるので、
それにかかりきりになりそうです。

・不思議な縁・
昔ながら地域の行事に参加している、
よく会う人ができます。
先日も隣町の小さな祭をみていたら、
地域外の人は、私だけかと思っていたら、
始まる前には、車でよく見かけれ夫婦がこられました。
彼らは写真が趣味のようで、
旦那さんはデジタルカメラ、
奥さんはビデオで撮影されています。
先日はじめて声をかけました。
こんなところで不思議な縁ができるのですね。